10/11 (火)

蛹としての不登校

蛹としての不登校

不登校という状態は、社会性が未熟であるために社会的に引きこもっているという消極的な捉え方もできますが、

「新たな自分」「本当の自分」を再生するために引きこもっている(まるで、幼虫が成虫になる過程で、ある期間、蛹の中に引きこもるかのごとく)という積極的な捉え方もできます。

特に現代社会では、受け身的な子どもたちが多いと言われており、不登校は、そのような子どもたちが主体的に自分と直面せざるを得なくなるという、発達上大切な機会をもたらしてくれるものでもあります。

実際、不登校という事態を通して、自らと向き合い、心の深いレベルで「本当の自分」というものを作り上げていく小学生(主には高学年)や中学生は、少なくありません。

 

なお、思春期には、「外の自分(表の自分、社会的な自分)」と「内の自分(裏の自分、隠された自分)」との間が大きくかけ離れ、繋がりを失くし、断絶するという危機が起こりがちです。

 

そのような危機に陥った際、上述したように、不登校という形で引きこもり、主体的に自分と向き合えると、外の自分と内の自分が繋がりを持つ「新たな自分」を作り上げることができる場合があります。

そして、それを成し遂げた後には、成熟した構えで生きていけることになるのです。

 

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渡辺由美

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